再生医療解説|ヒト血小板溶解液系の静脈点滴が脊髄損傷症予後の症状改善に寄与する作用機序
当社へ報告されている自由診療下の臨床所見「脊髄損傷症予後の症状改善」を踏まえ、ヒト血小板溶解液を静脈点滴した場合における想定作用機序を既存の学術知見に基づいて整理します。
脊髄損傷症の病態
脊髄損傷症は、外力で神経線維や血管が直接壊れる一次損傷の直後から、二次損傷が数時間から数週間かけて連鎖的に広がる病態です。
二次損傷には、血液脊髄関門(Blood–Spinal Cord Barrier, BSCB)の破綻、微小循環の低下と浮腫、興奮毒性(グルタミン酸過剰)、カルシウム過負荷、活性酸素種(Reactive Oxygen Species, ROS)の過剰とミトコンドリア機能低下、炎症性サイトカイン(TNF‑α/IL‑1β/IL‑6)や補体系の活性化、アポトーシスやネクロトーシス、脱髄が含まれます【文献1】【文献3】【文献4】。
慢性期には、反応性アストロサイトが関与するグリア瘢痕が形成され、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CREB)などの軸索伸展を妨げる細胞外マトリックスが蓄積して、軸索再生と再髄鞘化が阻まれます。
結果として、神経インパルスの跳躍伝導が回復しにくくなり、運動・感覚・自律神経機能の改善が遅れます【文献2】【文献13】【文献14】。
ヒト血小板溶解液系の成分と特性
ヒト血小板溶解液系とは、ヒト血小板溶解液(Human Platelet Lysate, HPL)を中核に、そこに含まれる細胞小胞(エクソソームなど)と、上流素材に当たる多血小板血漿(Platelet‑Rich Plasma, PRP)までを一括して扱う呼称です【文献8】【文献9】。
本系は、(1)可溶性成分と、(2)細胞小胞という二つの存在形態で分子を供給します。両者には次の分子群が含まれます(含まれる分子群の多くは重複しています)。
網羅的プロテオミクスでは、実測で数百種類のタンパク質が同定され、測定条件や製法によっては千種類を超える多様性が示唆されます。
同じ機能を担う分子が異なる存在形態にまたがって含まれるという冗長性は、複合的な病態に対して同時に複数の過程へ働きかけるうえで有利です【文献12】【文献8】。
静脈点滴の特徴と損傷部への到達性
静脈点滴では、成分が全身循環に乗って広域に分布します。特に、BSCBが破綻して透過性が一時的に高い時期には、循環中の可溶性成分と細胞小胞が損傷部へ移行しやすくなります【文献4】。
一方で、細胞小胞は肝臓や脾臓の網内系で比較的速く回収・分解されるため、血中半減期は数分〜数十分と短いことが報告されています【文献6】【文献7】。このため、単回高用量よりも、一定の間隔で繰り返す点滴(クール投与)により、濃度と時間の積(AUC:濃度‑時間曲線下面積)を累積させ、透過性が高い時期に損傷部へ到達する機会を増やす考え方が合理的です【文献6】【文献4】。
可溶性成分は血中の酸化ストレスや全身炎症の指標を早期に下げやすい一方、細胞小胞は標的細胞へ成長因子・抗酸化酵素・miRNAをまとめて届けるという発現時間の異なる働きを担います【文献8】【文献9】【文献2】。
想定作用機序(病態対応の三段階)
■1. 第1段階(鎮静)—酸化ストレス・炎症・浮腫の抑制
- ROSの速やかな低下:SOD/カタラーゼ/GPx(可溶性成分・細胞小胞の双方)が過剰ROSを処理し、脂質過酸化とミトコンドリア障害の連鎖を弱めます【文献3】【文献11】。
- アルブミンの抗酸化緩衝:アルブミンはCys34などの部位でラジカルを捕捉し、酸化ストレスの底上げを抑えます【文献10】。
- 炎症シグナルの沈静化:ROS低下に伴いNF-κBの過活動が抑えられ、TNF‑α/IL‑1β/IL‑6といった炎症性サイトカインの過剰が鎮まります【文献3】。
[1] 病態の変化
自発痛・灼熱感・しびれの軽減、痙性の悪化予防、倦怠感の緩和といった初期の改善が現れやすくなります【文献1】【文献3】。
■2. 第2段階(修復)—血管・軸索・髄鞘の立て直し
- 血管内皮の保護と再構築:VEGF/HGF/PDGFが内皮細胞の生存と再編成を支え、新生血管形成と局所血流(灌流)の改善を促します。これにより酸素・栄養の供給が整い、炎症で生じた老廃物やCREBなどの再生を妨げる分子の蓄積が減りやすくなります【文献15】【文献16】。
- 軸索維持と神経可塑性:IGF‑1/PDGFがPI3K/Akt・ERK・CREBを介して生存・可塑性シグナルを高め、軸索変性を抑えます【文献6】。
- 再髄鞘化の推進:オリゴデンドロサイト前駆細胞の生存・分化が支えられ、跳躍伝導の回復に必要な髄鞘の再形成が進みます【文献2】【文献15】。
[1] 病態の変化
感覚の戻りの安定、随意収縮の再出現、歩行の滑らかさ・持久性の向上、痙性の緩和、起立・移乗などリハビリの到達度の改善が期待されます【文献1】【文献15】。
■3. 第3段階(安定化)—遺伝子発現の調整と慢性炎症の抑え込み
- miRNAによる発現調整:細胞小胞に搭載されたmiRNA(例:miR‑223など)が内皮のICAM‑1やNF-κB系を抑える方向に働き、白血球の過剰付着と慢性炎症の持続を弱めます【文献2】。
- グリア反応の是正:ミクログリア/マクロファージの性質が炎症促進型(M1様)から修復促進型(M2様)へ傾き、CREBを主体とする阻害的マトリックスの過度な堆積と長期固定化が起こりにくくなります【文献2】【文献13】。
[1] 病態の変化
症状の波の抑制、痛みの慢性化の抑え込み、自律神経症状(排尿・体温など)の安定、回復した機能の維持が見込みやすくなります【文献1】。
反復点滴(クール投与)の意義
反復点滴には、次の三点の狙いがあります。
- 短い血中半減期への対処:細胞小胞は短時間で肝・脾に回収・分解されるため、一定間隔で繰り返し点滴してAUC(濃度と時間の積)を増やし、組織に残る分を積み上げます【文献6】【文献7】。
- BSCB透過性の変動への追従:BSCBの透過性は急性〜亜急性期に上がりやすい時期と下がる時期が交互に現れるため、間欠的に投与して「透過性が高い時期」に届く機会を増やします【文献4】。
- 作用の時間差の最適化:可溶性成分は早期の酸化・炎症を抑え、成長因子は日〜週のスケールで組織修復を進め、細胞小胞/miRNAは週〜月のスケールで遺伝子発現を整えます。一定期間の反復は、この時間差を足し合わせる目的に合致します【文献8】【文献9】【文献2】。
これらの理由から、低〜中濃度の反復点滴という設計は、脊髄損傷症の時間的に変化する病態に合わせた現実的な選択肢です【文献4】【文献6】。
まとめ
脊髄損傷では、BSCB破綻、ROS過剰、炎症連鎖、脱髄、グリア瘢痕が時間差で重なり、回復を妨げます【文献1】【文献2】【文献4】。
ヒト血小板溶解液系は、可溶性成分と細胞小胞という二つの存在形態で、成長因子・抗酸化酵素・miRNAを重複を含めて供給します。
静脈点滴により、第1段階(鎮静)→第2段階(修復)→第3段階(安定化)の順で二次損傷の連鎖を弱め、疼痛やしびれの軽減、随意運動と感覚の回復、痙性の抑制、自律機能の安定、リハビリ効果の維持という臨床像の改善を合理的に説明できます【文献1】【文献3】【文献15】【文献16】。
さらに、反復点滴は細胞小胞の短い半減期とBSCB透過性の時間変動に対応し、到達機会と累積曝露を高めるという点で妥当です【文献6】【文献4】。
専門用語一覧
- 一次損傷:外力による直後の組織破壊です【文献1】。
- 二次損傷:一次損傷後に続く興奮毒性・炎症・酸化ストレス・脱髄などの連鎖です【文献1】【文献3】。
- 血液脊髄関門(BSCB):血液から脊髄への物質移動を制限する関門で、損傷後は透過性が上がります【文献4】。
- 微小循環:毛細血管レベルの血流です。低下すると酸素・栄養供給が不足し、浮腫が生じます【文献1】。
- 興奮毒性:グルタミン酸過剰で細胞内カルシウムが増え、神経細胞が傷む現象です【文献3】。
- 活性酸素種(ROS):反応性の高い酸素分子群で、過剰になると脂質・タンパク質・DNA を傷つけます【文献3】。
- 再髄鞘化:失われた髄鞘を再形成して跳躍伝導を回復させる過程です【文献2】。
- 跳躍伝導:髄鞘を介して電気信号がランビエ絞輪間を飛び飛びに進む伝導様式です【文献2】。
- グリア瘢痕:反応性アストロサイトが作る組織で、CREBなどの阻害分子が蓄積して再生を妨げます【文献13】【文献14】。
- ヒト血小板溶解液(HPL):血小板から得る抽出物で、成長因子・抗酸化酵素・細胞小胞などを含みます【文献8】【文献11】。
- 多血小板血漿(PRP):血小板を多く含む血漿で、成長因子が豊富です【文献9】。
- 細胞小胞(エクソソームなど):脂質二重膜で包まれた微小小胞で、成長因子・抗酸化酵素を含む多様なたんぱく質やmiRNAを運び、標的細胞に届けます【文献5】【文献12】。
- 可溶性成分:血漿中に溶けた成分で、成長因子・抗酸化酵素・アルブミンなどが含まれます【文献8】【文献9】。
- アルブミン:血中主要タンパク質で、ラジカル捕捉と金属キレートにより抗酸化の緩衝として働き、分子の運搬も担います【文献10】。
- AUC(濃度‑時間曲線下面積):一定期間に体が受けた曝露量の指標で、反復投与で累積します【文献6】。
- 網内系(RES/MPS):肝・脾などの貪食系で、静注後の細胞小胞が回収・分解される主経路です【文献6】【文献7】。
- ICAM‑1:炎症時に内皮で増える接着分子で、白血球の付着に関与します【文献2】。
- PI3K/Akt・ERK・CREB:成長因子で活性化される細胞内シグナルで、生存や可塑性に関わります【文献6】。
- CREB(コンドロイチン硫酸プロテオグリカン):細胞外マトリックスに多く存在する糖タンパク質で、神経再生や細胞の成長・接着を制御する重要な分子です。
- NF-κB(核内因子κB):炎症や免疫応答を制御する転写因子で、細胞内シグナルに応じて多くの遺伝子の発現を調節します。
- 抗酸化酵素(SOD/カタラーゼ/GPx):活性酸素を分解・無害化し、細胞を酸化ストレスから守る防御系の酵素群です。
- 炎症性サイトカイン(TNF‑α/IL‑1β/IL‑6):免疫細胞が分泌し炎症反応を誘導・増強するシグナル伝達タンパク質です。
- 成長因子(VEGF/HGF/PDGF/IGF‑1/EGF):細胞増殖や血管新生、組織修復を促進する生理活性タンパク質です。
- miRNA(miR‑223):炎症や免疫応答に関わる遺伝子発現を抑制し、細胞機能を微調整する小型非コードRNAです。
- ミクログリア:中枢神経系に常在する免疫細胞で、異物排除や炎症応答、神経保護や修復に関与します。
- オリゴデンドロサイト:中枢神経系のグリア細胞で、軸索を髄鞘で包み、神経伝導の速度と効率を高めます。
- 酸化ストレス:活性酸素の過剰発生により抗酸化防御が追いつかず、細胞や組織が損傷を受ける状態です。
- Cys34:血清アルブミンに存在するシステイン残基の一つで、強い還元能を持ち酸化還元バランス維持に重要です。
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執筆者
■博士(工学)中濵数理
- 由風BIOメディカル株式会社 代表取締役社長
- 沖縄再生医療センター:センター長
- 一般社団法人日本スキンケア協会:顧問
- 日本再生医療学会:正会員
- 特定非営利活動法人日本免疫学会:正会員
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