
はじめに:「PCP-FD®」が目指す未来
本稿は、由風BIOメディカルが開発した院内調剤用試薬「PCP-FD®」に関連する重要な研究論文の内容をわかりやすくまとめ、さらに補足説明を加えた形で構成しています。
現在、「PCP-FD®」は、どのように作用するのかを詳しく解明することよりも、実際にどれだけ効果があるのかを確かめる臨床研究が優先して進められています。
しかし、本研究論文は、「PCP-FD®」が脳の神経にどのように働きかけるのか、その仕組みを理解するための重要なヒントが多く得られる内容となっています。
※研究論文:Cellular and Molecular Life Sciences (2022) 79:379
本研究論文では、「ヒト血小板溶解液(HPL: Human Platelet Lysate)」がアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、さらには脳卒中をはじめとする外傷性脳損傷TBIの回復にどのような効果をもたらすのかを検証し、その結果と考察がまとめられています。
ヒト血小板溶解液HPLには、神経の修復や炎症を抑える働きに加え、脳の血流を改善する成分(成長因子)、神経やシナプスを守る抗酸化物質、さらに神経の修復やニューロンに影響を与える細胞外小胞(EVs)などが含まれています。
これらの成分が互いに作用し合うことで、神経変性疾患や外傷性脳損傷の回復を助ける可能性があることが、本研究論文で示唆されています。
再生医療には、HPL以外にも、iPS細胞をはじめとする幹細胞を活用した治療法の研究が進められています。
しかし、幹細胞を用いた治療は高額になりがちである一方、HPLは比較的低コストで提供できるため、経済的に余裕のある人だけでなく、より多くの人が最先端の医療を受けられる可能性があります。そのため、この技術の普及は、多くの患者さんにとって大きな意味を持ちます。
ただし、現状、ヒト血小板溶解液HPLには製造過程において品質の安定性を維持することが難しいという課題があります。
この問題を解決したのが「PCP-FD®」です。
PCP-FD®は、ヒト血小板溶解液HPLの製造方法を改良し、有効成分を多様化するとともにそれらの濃度を高めることで、より安定した品質を実現しています。その結果、ヒト血小板溶解液HPLと同等、あるいはそれ以上の効果を安定して発揮できることが期待されています。
現在、PCP-FD®は臨床研究が進められており、一部の医療機関ではすでに患者さんへの提供が始まっています。今後は、より多くの医療機関での使用を広げ、治療効果を検証することを目指しています。
特に、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、脳卒中をはじめとする外傷性脳損傷後の回復を助ける新たな治療法として、正式な治験の実施に向け、社会的な理解と支持を得るための取り組みを進めていきます。
研究論文の内容紹介
■1. 研究論文の概要
本研究論文では、ヒト血小板溶解液HPL の中に含まれる成長因子が、神経変性疾患(ND:Neurodegenerative Disorders) や脳損傷(TBI:Traumatic Brain Injury) の治療に有望であるかどうかを検証しています。
特に、HPL中に豊富に含まれる成長因子や細胞外小胞(Evs:Extracellular Vesicles)を用いた治療法の可能性を探り、アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease, AD)やパーキンソン病(Parkinson’s Disease, PD)のモデル動物に対する治療効果を評価しています。
- ※細胞外小胞Evsとは
- 細胞外小胞Evsとは、細胞から分泌される微小な粒子で、体内の細胞同士が情報をやり取りするのに使われます。成長因子やタンパク質、遺伝情報を運び、組織の修復や免疫の調整などに関与します。
■2. 研究の背景
(1) 最新研究の流れ
神経変性疾患NDや外傷性脳損傷TBIは、神経の炎症、シナプス機能の変化、酸化ストレス、進行性の神経変性などの病態が相互に複雑に寄与しており、これらの疾患を単一の薬理学的アプローチで治療するのは困難とされています。
- ※シナプスとは
- シナプスとは、脳や神経の細胞同士が情報を伝えるための接続ポイントです。電気信号や化学物質を使って、考えたり動いたりする指示を送る役割を持ち、記憶や学習にも関わっています。
神経変性疾患(ND)や外傷性脳損傷(TBI)は、神経の炎症、シナプスの変性、神経やシナプスを傷つける酸化ストレス、そして進行性の神経変性などの病態が複雑に関係し合っています。そのため、これらの疾患は、1つの薬だけで効果的に治療するのが難しいと考えられています。
最近の研究では、血小板から取り出した成長因子(PDGF、BDNF、VEGFなど)や、血小板由来の細胞外小胞EVsを神経疾患の治療に活用する試みが進められています。
- ※PDGFとは
- PDGFとは、細胞の成長や修復を助ける成長因子です。特に血管や皮膚、神経などの修復を促し、傷の治癒や組織の再生に関わります。体内の修復機能を活性化する重要な役割を持っています。
- ※BDNFとは
- BDNFとは、脳や神経の細胞を成長・修復し、記憶や学習能力を高める成長因子です。ストレスの軽減や気分の安定にも関わり、脳の健康を維持するために重要な役割を果たします。
- ※VEGFとは
- VEGFとは、体内で新しい血管を作るのを助ける成長因子です。傷ついた組織の修復や血流の改善に関わり、特に脳や心臓、筋肉などの健康を維持する重要な働きを持っています。
これらの成分には、神経を守る働きや、シナプスの保護、炎症や酸化ストレスを抑える効果、さらには神経の修復を促す作用があることが示唆されています。
(2) 血小板とその機能
血小板は本来、血液を固める働きを持つ細胞ですが、最近の研究では、神経の修復や再生にも関わる以下のような機能があることが明らかになっています。
- 神経細胞の生存と成長を促進する成長因子の貯蔵(PDGF、BDNF、VEGFなど)
- 炎症や酸化ストレスから神経細胞を保護する抗酸化物質(SOD、CAT など)の分泌
- ニューロンと同様の伝達物質(セロトニン、ドーパミン)を含む
- ※ニューロンとは
- ニューロンとは、体の中で情報を伝える細胞で、脳や神経にあります。電気信号を使って考えたり、動いたり、感じたりする働きを助け、記憶や学習にも関わる大切な役割を持っています。
- ※セロトニンとは
- セロトニンとは、気分や睡眠、食欲を調整する大切な物質です。心を落ち着かせたり、リラックスさせたりする働きがあり、不足すると不安やうつの原因になることがあります。
- ※ドーパミンとは
- ドーパミンとは、やる気や喜びを感じるのに重要な物質です。楽しいことをしたときに分泌され、意欲や集中力を高めます。不足すると元気が出にくくなり、多すぎると興奮しすぎることがあります。
さらに、血小板の細胞外小胞EVsは、脳血液関門(BBB:Blood-Brain Barrier)を通過し、脳内で作用することが示されています。
- ※脳血液関門BBBとは
- 脳血液関門BBBとは、脳を守るバリアのような役割を持っています。血液から脳に有害な物質が入り込むのを防ぐ一方で、必要な栄養や酸素は通過させ、脳の働きを安定させます。ただし、このバリアの影響で、薬を脳に届けるのが難しくなるという課題もあります。
(3) 一般的なヒト血小板溶解液HPLの製造方法
血小板を溶解して調製する「血小板溶解液(HPL)」の製造方法には、いくつかの異なる手法が提案されています。
凍結融解処理(Freeze-Thaw Process)
- 血小板を-80℃と37℃の温度で交互に凍結・解凍し、血小板を壊して成長因子を放出させる
- 比較的シンプルで最も一般的な方法とされている
カルシウム処理(Calcium Activation)
- 血小板分散液に塩化カルシウムを添加して血小板を活性化し、血小板から成長因子を放出させる
- 調製中に凝固反応が生じるため、繊維状タンパク質であるフィブリンを取り除く必要がある
超音波処理(Sonication)
- 超音波を利用して血小板の細胞膜を破壊し、成長因子を放出させる
これらの手法で製造されたヒト血小板溶解液HPLは、それぞれ一長一短あるものの、何れも脳疾患治療のためのバイオセラピーとして期待されています。
■3. 動物モデルを用いた実験結果
以下の神経疾患モデルにおいて、ヒト血小板溶解液HPLによる神経保護効果が示されています。
(1) 脳卒中(Stroke)モデル
中大脳動脈を閉塞させて虚血性脳損傷を起こしたラットの脳室内に、ヒト血小板溶解液を投与した結果、以下のような効果が確認されています。
- ※中大脳動脈とは
- 中大脳動脈とは、脳に酸素や栄養を送る重要な血管の一つです。特に、運動や感覚、言葉に関わる脳の部分に血液を供給します。この動脈が詰まると、脳卒中などの深刻な症状を引き起こすことがあります。
- ※虚血性脳損傷とは
- 虚血性脳損傷とは、脳の血流が不足し、酸素や栄養が届かなくなることで脳の細胞がダメージを受ける状態です。主な原因は血管の詰まりで、言葉や運動の障害などの症状が現れることがあります。
- 神経幹細胞の増殖と血管新生の促進
- 神経機能の回復と行動改善
(2) アルツハイマー病(AD:Alzheimer’s Disease)モデル
遺伝子改変によってアルツハイマー病の病態を再現したマウスに、ヒト血小板溶解液を鼻腔投与(点鼻投与)した結果、以下のような効果が確認されています。
- アミロイドβの沈着とタウタンパク質のリン酸化が減少
- 記憶障害の改善(迷路テストで確認)
- シナプス密度の増加
- ※アミロイドβとは
- アミロイドβとは、脳にたまるたんぱく質の一種で、過剰に蓄積すると神経細胞を傷つけ、アルツハイマー病の原因のひとつとされています。正常な脳でも作られますが、適切に排出されないと問題になります。
- ※タウタンパク質とは
- タウタンパク質とは、脳の細胞内で構造を支える役割を持つたんぱく質です。しかし、異常に変化すると細胞の働きを妨げ、アルツハイマー病などの神経の病気に関係すると考えられています。
(3) パーキンソン病(PD:Parkinson’s Disease)モデル
神経毒の投与によってパーキンソン病の病態を再現したマウスに、ヒト血小板溶解液を鼻腔投与(点鼻投与)した結果、以下のような効果が確認されています。
- ドーパミン神経細胞の生存率向上
- 神経炎症マーカー(Iba-1、COX-2)の減少
- 運動能力の改善(行動テストで確認)
- ※Iba-1とは
- Iba-1は、脳の免疫細胞が活発に働いていることを示すたんぱく質です。炎症や損傷があると増えるため、脳の異常を調べる目印として使われます。特に神経の病気やけがの研究で重要な役割を果たします。
- ※COX-2とは
- COX-2とは、体内で炎症や痛みを引き起こす物質を作る酵素です。けがや病気の際に多く作られ、発熱や腫れの原因になります。一部の痛み止めは、この酵素の働きを抑えることで効果を発揮します。
■4. 考察:ヒト血小板由来の細胞外小胞EVsの役割
最新の研究動向や、これまでに明らかになっている血小板の機能を踏まえ、本研究論文の著者らは本実験の結果について次のように考察しています。
- 細胞外小胞EVsには、成長因子(PDGF、BDNFなど)やmiRNAなどの有用な成分が含まれており、これらの働きによって脳の損傷部分が修復され、神経の再生が促進されている
- 鼻腔投与(点鼻)によって、細胞外小胞EVsを脳内へ届けることができる(脳血液関門BBBを通過して脳内で直接作用する)
- 抗炎症作用や神経炎症の軽減、血管新生の促進など、すべての対象疾患において良い効果が確認されている
- ※miRNAとは
- miRNAとは、細胞内で遺伝情報の働きを調整する小さな分子です。特定のたんぱく質が作られすぎないように抑える役割があり、細胞の成長や病気の進行をコントロールする重要な働きを持っています。
■5. 臨床応用の可能性と課題
最新の研究動向やこれまでに判明している血小板の機能、本研究論文の結果を踏まえ、著者らはヒト血小板溶解液HLSを活用したアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、さらに脳卒中をはじめとする外傷性脳損傷の新たな治療法について、その利点と課題を次のように指摘しています。
(1) ヒト血小板溶解液HLSの利点
- 安全性が高い(特に患者自身の血小板を使用する場合、感染症や副作用のリスクが低い)
- 製造が比較的容易であり、コストを抑えられるため、より多くの人が利用しやすい
- 安定した供給が可能(ドナーの血小板を使用する場合、血液バンクから調達できる)
(2) ヒト血小板溶解液HLSの課題
- 品質を安定させるために、統一された製造プロセスを確立する必要がある(現在の方法では品質にばらつきがある)
- ヒト血小板溶解液HPLを最も効果的に投与する方法を明確にする必要がある(経鼻投与、静脈注射、脳室内投与など)
- 長期間にわたる効果と安全性を詳しく検証する必要がある
■6. 本研究論文の結論
著者らは、最近の研究動向や既に明らかになっている血小板の機能、そして本研究論文の結果から、ヒト血小板溶解液HPLによる新しい再生医療について、次のように結論付けています。
即ち、血小板由来の成長因子や細胞外小胞EVsは、アルツハイマー病やパーキンソン病など神経変性疾患や、脳卒中をはじめとする外傷性脳損傷TBI などの治療に有望な選択肢となり得ます。
本研究論文では、動物モデルにおいて神経保護・神経修復効果が確認され、ヒト血小板溶解液HPLの臨床応用の有用性が示唆されています。
本研究論文の著者らは、最近の研究やこれまでに明らかになっている血小板の機能、そして本実験の結果を踏まえ、ヒト血小板溶解液HPLを活用した新たな再生医療について、次のように結論付けています。
つまり、血小板に含まれる成長因子や細胞外小胞EVsは、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、さらには脳卒中をはじめとする外傷性脳損傷TBIの治療に有望な選択肢となり得ます。
さらに、本研究論文では、動物実験においてヒト血小板溶解液HPLの神経保護や神経修復の効果が確認されており、その臨床応用への期待が示されています。
今後の展望
本研究論文の著者らは、この研究が「神経変性疾患や外傷性脳損傷TBIに対する新しいバイオセラピーの可能性を切り拓く重要な一歩」と考えています。そして、今後の展望について次のように述べています。
- ヒト血小板溶解液HPLに含まれる成分を詳しく調べ、治療に効果的な成分を特定する
- 品質を安定させるために、ヒト血小板溶解液の製造方法を統一・標準化する
- 実際の患者を対象にした臨床試験を行い、安全性や効果を検証する
一方、由風BIOメディカルでは、ヒト血小板溶解液HPLを改良した院内調剤用試薬「PCP-FD®」を開発し、すでに臨床研究や一部の医療機関で患者さんへの提供を開始しています。
PCP-FD®は、従来のHPLが抱える課題の内、上記リストの2を解決しており、今後はより多くの医療機関での活用を広げることで、治療効果を検証し、上記リストの3に取り組むために、社会的な理解と支持を得ていきたいと考えています。
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、脳卒中をはじめとする外傷性脳損傷後TBI後の回復を支援する新しい治療法として、「PCP-FD®」が患者さんにとって有力な選択肢の一つとなることを目指しています。
本稿の内容につきまして、お気軽にお問い合わせください。但し、真摯なご相談には誠実に対応いたしますが、興味本位やいたずら、嫌がらせ目的のお問い合わせには対応できませんので、ご理解のほどお願いいたします。
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執筆者
中濵数理2-300x294.png)
■博士(工学)中濵数理
- 由風BIOメディカル株式会社 代表取締役社長
- 沖縄再生医療センター:センター長
- 一般社団法人日本スキンケア協会
:顧問 - 日本再生医療学会:正会員
- 特定非営利活動法人日本免疫学会:正会員
- 日本バイオマテリアル学会:正会員
- 公益社団法人高分子学会:正会員
- X認証アカウント:@kazu197508