
将来展望|血小板由来成分を活用した脳卒中および外傷性脳損傷の治療法
■1. はじめに
脳卒中や外傷性脳損傷(TBI)は、生命を脅かすだけでなく、長期的な機能障害を引き起こす深刻な疾患です。脳損傷後の回復には、神経細胞の修復や新たな血管の形成が不可欠であり、効果的な治療法の開発が求められています。
近年、血小板由来成分を利用した治療法が注目されており、特に血小板溶解物が神経保護および神経修復に有効である可能性が示唆されています。本記事では、血小板由来成分が脳卒中や外傷性脳損傷の治療法としてどのように貢献できるかを詳しく解説します。
参考文献:Cellular and Molecular Life Sciences (2022) 79:379
■2. 血小板由来成分とは?
血小板由来成分、中でも血小板溶解物はHPL(Human Platelet Lysate)溶液と呼ばれ、患者本人もしくは健康なドナーから採取した血小板を加工して得られます。HPLには以下のような有用な生理活性成分が含まれていることから、再生医療分野において広く研究されています。
成長因子(PDGF, BDNF, VEGF, IGF-1, EGF など):神経細胞の成長促進、血管新生、シナプス修復をサポートします。
抗酸化物質(SOD, CAT, グルタチオンペルオキシダーゼなど):活性酸素の除去を助け、酸化ストレスによる細胞損傷を軽減します。
細胞外小胞(EVs):神経細胞間のシグナル伝達を促進し、神経炎症を抑制します。
これらの成分が相互に作用することで、脳卒中や外傷性脳損傷の治療において神経細胞の修復と血管再生を強力にサポートすると考えられています。
■3. 血小板由来成分の脳損傷治療における役割
(1) 神経保護作用
血小板由来成分が持つ成長因子は、脳損傷後の神経細胞の生存率を向上させ、アポトーシス(細胞死)を防ぎます。また、その抗炎症作用が神経炎症を軽減し、損傷部位のさらなる悪化を防止します。さらに、抗酸化物質が酸化ストレスを軽減し、フリーラジカルによる神経細胞の損傷を抑制します。
(2) 神経修復・再生作用
BDNFやIGF-1などの成長因子がシナプス可塑性を促進し、脳の回復を補助します。また、VEGFの効果により血管新生が促進され、脳卒中や外傷性脳損傷後の血流改善が促されます。さらに、神経幹細胞の活性化によって新しい神経細胞の生成が促されることで、神経系全体の機能回復につながります。
(3) 血管新生の促進
VEGFなどの血管内皮成長因子の働きにより、新たな毛細血管が形成され、脳卒中や外傷性脳損傷後の血流不足が改善されます。さらに、持続的なストレスにさらされて機能低下したa href=”https://yukaze-biomedical.co.jp/regenerative_medicine/cmo/pcp-fd/health_comes_first_0006/#12″>血液脳関門(BBB)の修復が進み、不要な炎症性分子の脳内へ浸潤を防ぎます。
■4. 前臨床研究の成果
既に、多くの動物モデルを用いた研究により、血小板由来成分の脳損傷治療における有効性が示されされています。
(1) アルツハイマー病モデル(APP/PS1マウス)
HPL投与により、βアミロイドの蓄積が減少し、神経炎症が軽減されることが確認されています。また、認知機能の向上も確認されています。
(2) パーキンソン病モデル(MPTP処理マウス)
ドーパミン神経細胞が保護され、運動機能の改善が認められています。
(3) 脳卒中モデル(虚血性脳損傷ラット)
血管新生および神経細胞の修復が促進され、行動機能の改善が認められています。
(4) 外傷性脳損傷モデル(TBIマウス)
HPL投与によって神経保護効果が確認され、認知機能の回復が促進されています。
■5. 臨床応用に向けた課題と展望
血小板由来成分を活用した治療法を実用化するためには、いくつかの課題をクリアする必要があります。
(1) 安全性と品質管理
- 血液由来製剤であるため、ウイルスや細菌の混入を防ぐための品質管理が不可欠です。
- 製造工程の標準化が求められ、バッチごとの成分のばらつきを最小限に抑える必要があります。
(2) 投与方法の最適化
- 経鼻投与、髄腔内注射など、血液脳関門を通過しやすい投与法の確立が重要です。
- 適切な投与頻度や容量を決定するためのさらなる研究が必要です。
(3) 規制と承認プロセス
- HPLを医薬品として承認するためには、厳格な臨床試験を実施し、安全性と有効性を証明する必要があります。
- 法規制をクリアし、世界中で治療法として確立するためのロードマップが求められます。
■6. ここまでのまとめ
血小板由来成分(HPL)は、脳卒中や外傷性脳損傷の治療法として極めて有望な選択肢といえます。神経保護、神経修復、血管新生の促進といった多面的な効果を有し、現行の治療法では十分な回復が難しい患者に新たな希望をもたらす可能性があります。
特に、血小板という低コスト原料を利用する治療法であるため、低中所得層にも受け入れられやすく、さらには発展途上国を含めた症広範な地域での実用化が期待されます。
今後の研究と臨床試験を通じて、安全性と有効性が確立されれば、脳損傷治療における新たなパラダイムシフトをもたらす将来展望が描かれます。
日本の独自規制とPCP-FD®の可能性
■1. 日本の再生医療に関する独自規制
血小板由来成分(HPL)を医薬品として承認し、世界中で治療法として普及させるためには、さまざまな法規制をクリアする必要があります。一方、日本には、世界に先駆けて施行された「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」という特別な法制度があり、これは「薬機法」とは異なる規制枠組みとなっています。
この法律は、再生医療が従来の医薬品とは異なる特性を持つことを考慮し、安全かつ適切な運用を促進することを目的としています。さらに、この法律は継続的な改正を前提としており、医師の判断と適切な手続きを経ることで、承認前の先端医療を提供する道が開かれています。
■2. PCP-FD®の技術的特長と可能性
由風BIOメディカルが開発した「PCP-FD®」は、医療機関で院内調剤用試薬として使用できる製品です。この製品は独自の加工技術を採用しており、血小板から高濃度の成長因子を安定的に抽出することに成功しています。さらに、フリーズドライ(凍結乾燥)技術を活用することで保存性を向上させ、製造や流通における課題を大幅に解決しています。
■3. 安全性の確保
PCP-FD®は、厳格な安全基準に基づき、以下の試験を実施することで安全性を確保しています。
- 無菌試験:細菌や真菌の混入がないことを確認する試験です。
- エンドトキシン試験:毒素の有無を検査する試験です。
- マイコプラズマ否定試験:病原微生物の不在を証明する試験です。
さらに、「再生医療等の安全性確保等に関する法律」に基づく特定細胞加工物の出荷判断要件を満たすことで、安全性と品質の向上を実現しています。
■4. PCP-FD®の今後の展望
今後、さらなる臨床データを積み重ねることで、現在の院内調剤用試薬の枠を超え、グローバルに展開可能な再生医療等製品としてPCP-FD® を提供することを目標にしています。これにより、より多くの患者に新しい治療の選択肢を提供し、再生医療の発展に貢献していきたいと考えています。
本記事の内容につきまして、お気軽にお問い合わせください。医療的なご相談については、正看護師が同席の上で対応いたします。また、PCP-FD®を導入している医療機関のご紹介も可能です。
真摯なご相談には誠実に対応いたしますが、興味本位やいたずら、嫌がらせ目的のお問い合わせには対応できませんので、ご理解のほどお願いいたします。
■用語集
(1) TBI
TBI(Traumatic Brain Injury:外傷性脳損傷)とは、頭部への強い衝撃や打撲、貫通傷などによって脳に損傷が生じる状態を指します。主な原因には、交通事故、転倒、スポーツ外傷、暴行、戦闘などがあり、損傷の程度によって軽度(脳震盪など)から重度(出血や脳浮腫を伴う重篤な損傷)までさまざまです。
(2) Evs
EVs(Extracellular Vesicles:細胞外小胞)とは、細胞が分泌する小さな膜構造体であり、細胞間の情報伝達を担う重要な役割を果たす微小な顆粒状の構造物です。EVsは、細胞の種類や環境に応じて異なる生理活性物質を含み、タンパク質、脂質、RNA(mRNA、miRNA)、DNA などを運搬することで、さまざまな生物学的プロセスに関与します。
(3) APP/PS1マウス
APP/PS1マウスとは、アルツハイマー病(AD)研究において広く使用される遺伝子改変マウス(トランスジェニックマウス)の一種です。このマウスは、ヒトのアミロイド前駆体タンパク質(APP)とプレセニリン1(PS1)という2つの遺伝子を導入しており、アルツハイマー病の病態を再現するモデルとして利用されます。
(4) MPTP処理マウス
MPTP処理マウスは、パーキンソン病(PD:Parkinson’s Disease)の動物モデルとして広く使用される実験動物です。MPTP(1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)という神経毒を投与することで、ヒトのパーキンソン病に類似した病態を再現することができます。
(5) 虚血性脳損傷ラット
虚血性脳損傷ラットとは、脳卒中(脳梗塞)による脳虚血状態を再現する実験動物モデルであり、脳の血流が一時的または持続的に遮断されることによって発生する神経細胞の損傷を研究するために使用されます。ヒトの脳卒中と類似した病態を再現するため、血管閉塞や低酸素状態を誘導することで、虚血性脳損傷の進行メカニズムや治療法の効果を検証することが可能です。
(5) TBIマウス
TBIマウス(外傷性脳損傷モデルマウス)とは、外傷性脳損傷(TBI: Traumatic Brain Injury)を再現するために作製された実験動物モデルであり、ヒトのTBIの病態や治療法の開発に用いられます。TBIモデルマウスは、脳に対して直接的な衝撃や圧力を加えることで損傷を誘発し、ヒトの外傷性脳損傷に近い状態を再現します。TBIマウスは、ヒトの外傷性脳損傷と類似した神経細胞の損傷、炎症、血管新生、行動異常などの病態を示します。
執筆者
中濵数理2-300x294.png)
■博士(工学)中濵数理
- 由風BIOメディカル株式会社 代表取締役社長
- 沖縄再生医療センター:センター長
- 一般社団法人日本スキンケア協会
:顧問 - 日本再生医療学会:正会員
- 特定非営利活動法人日本免疫学会:正会員
- 日本バイオマテリアル学会:正会員
- 公益社団法人高分子学会:正会員
- X認証アカウント:@kazu197508