再生医療解説|ヒト血小板溶解液系の点鼻投与が更年期障害の症状改善に寄与する作用機序
当社へ報告されている自由診療下の臨床所見「更年期障害の症状改善」を踏まえ、ヒト血小板溶解液を点鼻投与した場合における想定作用機序を既存の学術知見に基づいて整理します。
更年期障害の病態
更年期障害は、卵巣機能の低下によるエストロゲンの急低下を起点として、視床下部にある体温調節と自律神経の統合中枢が不安定になり、ほてり(血管運動症状)・発汗・動悸・不眠・気分変動・倦怠感などが断続的に生じる病態です【文献1】。
視床下部弓状核のKNDy(キスペプチン/ニューロキニンB/ダイノルフィン)神経は体温と自律神経の出力を同時に調整しており、エストロゲン低下でKNDy神経の発射が過剰になると、体温調節の許容幅が狭くなって交感神経の立ち上がりが過敏になります【文献2】【文献3】。
この回路の過敏化は、迷走神経と炎症の上昇でさらに強まり、ほてり発作・発汗・動悸といった血管運動症状の反復や、睡眠・気分の不安定を引き起こしやすくなります【文献1】【文献3】。
ヒト血小板溶解液系の成分と特性
本稿で扱うヒト血小板溶解液系とは、ヒト血小板溶解液(Human Platelet Lysate, HPL)を中核に、そこに含まれる細胞小胞(エクソソームなどの細胞外小胞)と、上流素材であるHPL(Platelet‑Rich Plasma, PRP)までをひとまとめにした呼称です【文献9】【文献10】。
この系は、(1)可溶性成分と(2)細胞小胞という二つの存在形態で分子を届けます。両者には次の分子群が含まれます(含まれる分子群の多くは重複しています)。
- 成長因子:PDGF、IGF‑1、HGF、VEGF、EGF、神経栄養因子(BDNF、NGF など)【文献9】【文献12】【文献13】。
- 抗酸化酵素:SOD(スーパーオキシドディスムターゼ)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPxt)【文献11】【文献12】。
- 情報分子:miRNA を中心とする核酸分子(主として細胞小胞に内包)【文献13】【文献14】。
- 担体・安定化分子:アルブミン(ラジカル捕捉・分子の安定化と運搬に寄与)【文献11】。
このように、同じ機能分子が可溶性成分と細胞小胞の双方に重複して含まれことよって、短期作用(速く広く)と持続作用(遅れて長く、細胞内へ)が生み出されます【文献9】【文献12】。
点鼻投与の特徴
点鼻投与は、嗅神経や三叉神経に沿う鼻腔—脳の経路を利用して、血液脳関門(BBB)の制約を一部回避しながら中枢へ分子を届けます【文献4】。
動物研究では、点鼻後30〜60分で前脳へ達し、血管周囲腔を介して広範に分布することが示されています【文献5】。
細胞小胞は点鼻後に神経・グリアへ取り込まれ、小胞内に保護された成長因子・抗酸化酵素・miRNAを脳内で放出できることが報告されています【文献6】【文献7】。
血漿・血小板由来の成長因子を点鼻で中枢に届けられることを支持する報告もあります【文献8】。
想定作用機序(重複成分を動態の違いで活かす三段階)
以下の三段階は互いに重なりながら進みます。重要な点は、同じ分子が可溶性成分と細胞小胞の双方に含まれるため、役割を固定的に分けるのではなく、時間の立ち上がりと持続、広がりと細胞内への届け方の違いで補い合うことです。
■1. 第1段階(鎮静)—酸化ストレスと炎症の低減、体温・自律中枢の安定化
はじめに、過剰な活性酸素(ROS)と炎症シグナルを下げることが、KNDy神経や中枢自律神経ネットワークの過敏性を和らげます。
- 共通して働く成分:SOD/カタラーゼ/GPxtが過剰ROSを処理し、NF‑κBの過活動を抑えます。アルブミンはCys34 でラジカルを捕捉して迷走神経の底上げを抑えます【文献11】。
- 時間特性と標的化:可溶性成分は血流と組織液で速く広く行き渡り、早期の鎮静に寄与します。細胞小胞は酵素やmiRNAを細胞内へ直接届け、遅れて長く炎症背景を下げます(例:miR‑223 によるICAM‑1/a>/NF‑κB系の抑制)【文献15】【文献6】【文献7】。
[1] 病態との対応
視床下部の過敏性が下がり、ほてり・発汗・動悸の立ち上がりと頻度が減りやすくなり、不安感や睡眠の中断が軽くなります【文献1】【文献2】。
■2. 第2段階(保護・修復)—自律神経ネットワークの安定化と循環の整備
次に、神経回路の安定化と微小循環の整備が、症状の波を小さくします。
- 共通して働く成分:VEGF/HGF/PDGFが内皮の生存と再編成を支え、局所の血流(灌流)を整えます。IGF‑1/PDGF/BDNF/NGFがGPxt・ERK/a>・CREB/a> を介して神経の生存・可塑性を高めます【文献9】【文献12】【文献16】。
- 時間特性と標的化:可溶性の成長因子は短時間に広域へ作用し、細胞小胞は同じ因子や関連たんぱく質を細胞内で有効濃度に保ちやすくし、遅れて長く回路の安定化を支えます【文献6】【文献7】【文献13】。
[1] 病態との対応
微小循環とシナプス機能が整い、睡眠の質、日中のだるさ、情動の不安定さが和らぎ、環境温やストレスで誘発される症状の波が小さくなります【文献1】【文献3】。
■3. 第3段階(安定化)—遺伝子発現の微調整と過敏性の再燃抑制
最後に、遺伝子発現の調整で再燃しにくい状態を保ちます。
- 共通して働く成分:継続的な成長因子の供給がシナプス維持と回路再編を支えます【文献9】【文献16】。
- 時間特性と標的化:細胞小胞のmiRNAが、受け手細胞内で炎症・ストレス関連遺伝子の働きを細かく調整し、ミクログリアの性質を炎症促進型から修復促進型へ傾けます【文献14】【文献15】。
[1] 病態との対応
症状の波の抑制、迷走神経(副交感神経)トーンの回復、睡眠と気分の安定が続きやすくなります【文献3】【文献6】。
[2] 要点の整理
上記のように、同じ分子が二つの存在形態に重複して含まれるため、可溶性成分が早く広く立ち上げ、細胞小胞が細胞内で効果を長く支えるという補完関係で、症状の短期改善から長期安定までを一つの筋で説明できます【文献6】【文献7】【文献12】。
まとめ
更年期障害は、エストロゲン低下→KNDy神経の過活動→自律神経の過敏化という流れで、ほてり・発汗・動悸・不眠などの症状が出やすくなります【文献1】【文献2】。
ヒト血小板溶解液系は、可溶性成分と細胞小胞という二つの存在形態に同じ機能分子を重複して含み、短期作用(速く広く)と持続作用(遅れて長く、細胞内へ)が組み合わさって、第1段階(鎮静)→第2段階(保護・修復)→第3段階(安定化)の順で中枢の過敏性を下げ、回路と循環を整え、再燃しにくい状態へ導く筋道を提示します【文献4】【文献5】【文献6】【文献9】【文献12】。
ホルモン低下そのものを変える治療ではありませんが、自律神経のバランス維持による症状緩和という観点で、標準治療(例:ホルモン補充療法)を補完する選択肢になり得ます【文献1】【文献3】。
専門用語一覧
- 更年期障害:エストロゲンが急に下がることで、体温調節と自律神経が不安定になり、多彩な症状が出る状態。代表がほてりです【文献1】。
- エストロゲン:卵巣から出るホルモンで、体温調節や気分、骨・血管の健康にも関わります【文献1】。
- KNDy神経:視床下部にある神経群。キスペプチン・ニューロキニンB・ダイノルフィンを出して体温と自律神経を調整します【文献2】。
- 血管運動症状(ほてり・発汗):体温調節の許容幅が狭くなり、血管の拡張・収縮が急に起きることで生じる症状です【文献1】【文献2】。
- 交感神経/副交感神経:自律神経の二本柱。交感は「活動のスイッチ」、副交感は「休むスイッチ」を担当します【文献1】。
- 迷走神経トーン:副交感神経(迷走神経)の働きの強さ。高いほど心身が落ち着きやすくなります【文献3】。
- 酸化ストレス/活性酸素種(ROS):反応性の高い酸素が増え、たんぱく質や脂質が傷つきやすい状態です【文献11】。
- NF‑κB:炎症を強める方向に働く細胞内のスイッチ(転写因子)です【文献11】。
- ヒト血小板溶解液(HPL):ヒト血小板から作る抽出物。成長因子・抗酸化酵素・細胞小胞などを含みます【文献9】【文献12】。
- 多血小板血漿(PRP):血小板を多く含む血漿。HPLの上流素材で、成長因子が豊富です【文献10】。
- 細胞小胞(エクソソームなど):脂質膜の極小の袋。成長因子・抗酸化酵素・miRNAを入れて細胞へ届けます【文献6】【文献13】。
- 成長因子(BDNF/NGF/PDGF/IGF‑1/HGF/VEGF/EGF):神経や血管の生存・修復・可塑性を支える信号たんぱく質です【文献9】【文献12】。
- miRNA:遺伝子の働きを細かく調整する小さなRNA。細胞小胞に乗って運ばれます【文献14】。
- アルブミン:血液中で最も多い運搬たんぱく質。ラジカルを捕まえる性質も持ちます【文献11】。
- 血液脳関門(BBB):血液から脳への物質の通り道を厳しく管理する仕組みです【文献4】。
- 点鼻投与:鼻から成分を入れて、嗅神経などを通り脳へ届ける方法です【文献4】【文献5】。
- 血管周囲腔:脳の血管の周りにある細い流路。点鼻後に成分が広がる通り道の一つです【文献5】。
- シナプス可塑性:神経細胞どうしの結びつきの強さが活動に応じて変わる性質です【文献16】。
- ICAM‑1:炎症時に血管内皮で増える接着分子。白血球の付着に関わります【文献15】。
- ミクログリア:脳内の免疫を担う細胞。炎症を強めるタイプと、修復を助けるタイプがあります【文献14】。
- 抗酸化酵素(SOD/カタラーゼ/GPxt):活性酸素を分解・無害化し、細胞を酸化ストレスから守る防御系の酵素群です。
- PI3K/Akt・ERK・CREB:成長因子で活性化される細胞内シグナルで、生存や可塑性に関わります。
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執筆者
■博士(工学)中濵数理
- 由風BIOメディカル株式会社 代表取締役社長
- 沖縄再生医療センター:センター長
- 一般社団法人日本スキンケア協会:顧問
- 日本再生医療学会:正会員
- 特定非営利活動法人日本免疫学会:正会員
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