再生医療解説|ヒト血小板溶解液系の点鼻投与が頸部脊柱管狭窄症(変性頸髄症)の症状改善に寄与する作用機序
当社へ報告されている自由診療下の臨床所見「頸部脊柱管狭窄症(変性頸髄症)の症状改善」を踏まえ、ヒト血小板溶解液(hPL)を点鼻投与した場合における想定作用機序、既存の学術知見に基づきに整理します。
疾患像の整理
■1. 頸部脊柱管狭窄症(変性頸髄症)の病態
頸部脊柱管狭窄症(変性頸髄症)は、椎間板の変性、骨棘形成、靱帯の肥厚や骨化が重なって脊柱管が狭くなり、頸髄が慢性的に圧迫される病気です【文献1】【文献2】。
圧迫は微小循環の低下、慢性炎症、酸化ストレスの亢進を招き、髄鞘(神経の被膜)の障害と軸索の傷みが進行します【文献1】【文献2】。
臨床ではまず手指の巧緻運動障害やしびれが目立ち、進行例では歩行の不安定が加わることがあります【文献1】【文献3】。
■2. 本稿で扱う「ヒト血小板溶解液系」
本稿では、ヒト血小板溶解液(Human Platelet Lysate:HPL)を中核に、そこに含まれる細胞外小胞(エクソソームを含む)や血小板由来微小粒子、並びに上流素材に当たる多血小板血漿(Platelet‑Rich Plasma:PRP)を、読み手の混乱を避けるために一括して「ヒト血小板溶解液系」と呼びます【文献6】【文献11】。
ヒト血小板溶解液系には、成長因子(PDGF、IGF‑1、VEGF、TGF‑β など)、抗酸化酵素、mRNA/miRNAといった成分が含まれます【文献6】【文献7】【文献9】【文献11】。
点鼻投与で中枢へ届く道筋
■1. 鼻腔から脳・頸髄への移行
点鼻投与は嗅神経と三叉神経に沿う経路を通って、可溶性成分と細胞外小胞が血液脳関門を部分的に迂回し、脳や脊髄へ移動し得ます【文献4】。実験系では、インスリン様成長因子1(IGF‑1)が点鼻後に脳・脊髄へ到達しうること、幹細胞由来エクソソームが点鼻で脊髄損傷部に集積し機能改善に結びつくことが示されています【文献4】【文献5】。
したがって、ヒト血小板溶解液系に含まれる可溶性成分と小胞の双方が中枢で作用するという考察は妥当性を有します。【文献4】【文献5】。
三成分の協調機序
■1. 成長因子による保護と修復の起動
PDGF、IGF‑1、VEGF、TGF‑βなどの成長因子は受容体を介してPI3K‑AktやMAPK経路を速やかに立ち上げ、軸索とオリゴデンドロサイトの生存を支え、グリア反応の過剰化を抑えます【文献6】【文献13】。また、VEGFは内皮機能と微小循環を調整し、虚血の強い領域の代謝を補います【文献6】。
これらは圧迫で不安定になった頸髄の環境を「崩れにくい」状態へ戻す下地になります【文献1】【文献6】。
■2. 抗酸化酵素とNrf2による酸化ストレス制御
細胞外小胞はスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やカタラーゼなどの抗酸化酵素を運搬し、取り込まれた細胞内で活性酸素を直接低下させます【文献10】。加えて、PRPやHPLはNrf2経路を活性化し、SOD、カタラーゼ、HO‑1、NQO1などの発現を高めて抗酸化能を持続的に強化します【文献14】【文献7】。
その結果、膜電位とイオンチャネルの働きが安定し、神経伝導の乱れが緩和されます【文献1】【文献14】。
■3. mRNA/miRNAによる遺伝子発現の調整
細胞外小胞はmRNAとmiRNAを含み、受け手の細胞の遺伝子発現を調整します【文献9】。
中でもmiRNA(例:miR‑126、miR‑146a、miR‑21 など)は内皮機能や炎症関連シグナル(NF‑κB など)を整え、血管の保護と炎症抑制に寄与します【文献11】。また、mRNAは受け手の細胞で翻訳され、修復や抗酸化に関わる蛋白質の供給を補います【文献9】。
■4. 関門と微小循環の安定化
PRP由来エクソソームは内皮の結合構造を守り、血液脊髄関門(BSCB)の漏れを抑えて神経炎症を軽減します【文献12】。
このように関門と微小循環が安定すると、成長因子・抗酸化酵素・核酸成分の効果を中長期にわたり発揮しやすい環境が作られます【文献12】。
症状の時間軸と機序の対応
■1. 0〜6時間の段階
点鼻後、可溶性成分と一部の小胞が中枢へ移行します【文献4】【文献5】。この段階では、
- 成長因子が受容体を介してPI3K‑Akt/MAPK経路経路を即時に活性化し、軸索とグリアの生存シグナルを高めます【文献13】。
- 小胞に含まれるSODやカタラーゼが活性酸素を直接分解し、神経膜の興奮性が安定します【文献10】。
- VEGFなどの血管作動性が微小循環を調節し、虚血負荷が軽くなります【文献6】。
以上により、しびれの強さの変動が小さくなり、手指の動かしやすさが早期に改善しやすくなります。ここでの変化は「到達の速い成分」と「即効的な細胞内シグナル」によって説明できます【文献4】【文献10】【文献13】。
■2. 1〜3日の段階
1〜3日では、
- Nrf2の活性化によりSOD、カタラーゼ、HO‑1、NQO1などの発現が増え、細胞自身の抗酸化能が立ち上がります【文献14】。
- miRNA(例:miR‑146a、miR‑126)が炎症性サイトカインと内皮機能を調整し、神経周囲の環境が落ち着きます【文献11】。
- 成長因子がオリゴデンドロサイト系を支え、再髄鞘化に向かう準備が整います【文献13】。
この時期には、巧緻動作の安定や疲れにくさの実感が出やすくなります。
■3. 1〜4週の段階
1〜4週では、
この段階では、症状の再燃頻度が下がり、日常動作の安定が定着しやすくなります。
■4. 1〜3か月の段階
1〜3か月では、
- 成長因子シグナルと核酸成分がオリゴデンドロサイトの生存・分化を支え、再髄鞘化と軸索保護が進みます【文献1】【文献13】。
- その結果、巧緻運動の持続的改善や感覚の質の回復が現れやすくなります【文献1】。
時間とともに、即時の安定化から構造的な修復へと重心が移る流れが自然です。
まとめ
■1. 協調作用の全体像
ヒト血小板溶解液系は、成長因子が「保護と修復の起動」を担い、抗酸化酵素とNrf2が「酸化ストレスの制御と維持」を担い、mRNA/miRNA「遺伝子発現の調整」を担います【文献6】【文献7】【文献9】【文献11】【文献14】。さらにBSCBと微小循環の安定が中長期の効果を支えます【文献12】。
これら作用機序の協調は、頸部脊柱管狭窄症における「圧迫→虚血・炎症・酸化→髄鞘障害→伝導不全」という連鎖の各段階に、時間差をもって働きかける構図として理解できます【文献1】【文献2】。
専門用語一覧
- ヒト血小板溶解液(HPL):ヒトの血小板を処理して中の有効成分を取り出した液体で、成長因子や細胞外小胞、抗酸化酵素などを含みます【文献6】【文献7】。
- 多血小板血漿(PRP):血小板を濃く集めた血漿で、成長因子と細胞外小胞が豊富です【文献11】。
- 細胞外小胞(エクソソーム):細胞が放出するナノサイズの袋で、たんぱく質、脂質、mRNA/miRNAや酵素を運び、受け手の細胞の働きを調整します【文献9】【文献11】。
- 成長因子(PDGF、IGF‑1、VEGF、TGF‑β):細胞表面の受容体に結合して、PI3K‑AktやMAPK経路などの経路を起動し、生存・修復・血管機能のシグナルを出すたんぱく質です【文献6】【文献13】。
- 抗酸化酵素(SOD、カタラーゼ、HO‑1、NQO1):活性酸素を無害化して細胞を守る酵素群で、Nrf2によって発現が増えます【文献14】。
- Nrf2:抗酸化応答を司る転写因子で、抗酸化酵素の遺伝子をまとめて増やします【文献14】。
- NF‑κB:炎症を駆動する細胞内のシグナルで、過剰に働くと炎症が長引きます【文献11】。
- 血液脊髄関門(BSCB):血液と脊髄の間で不要な物質の移動を制限するバリアで、破綻すると炎症が悪化します【文献12】。
- オリゴデンドロサイト:髄鞘を作る中枢神経の細胞で、ここが守られると神経伝導が保たれます【文献1】。
- 髄鞘:神経線維を覆う絶縁の被膜で、信号を速く正確に伝えるのに不可欠です【文献1】。
- PI3K‑Akt/MAPK:細胞増殖や生存を制御する代表的なシグナル伝達経路です【文献13】。
- miRNA(miR‑126、miR‑146a、miR‑21):遺伝子の発現量を微調整する短いRNAで、内皮保護や炎症抑制などに関与します【文献11】。
参考文献一覧
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執筆者
■博士(工学)中濵数理
- 由風BIOメディカル株式会社 代表取締役社長
- 沖縄再生医療センター:センター長
- 一般社団法人日本スキンケア協会:顧問
- 日本再生医療学会:正会員
- 特定非営利活動法人日本免疫学会:正会員
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