耳鳴りの原因と市販薬での対処法:効果と安全性を正しく理解する
耳鳴りとは、本来ないはずの音が自分の耳や頭の中で鳴って聞こえる症状のことです。この症状は決して珍しいものではなく、人口の約15〜20%が一生のうちに耳鳴りを経験するとされます。特に高齢者では約30%以上が耳鳴りに苦痛を感じるとの調査もあり、社会の高齢化やストレス環境の影響で患者数は今後さらに増加すると予想されています。つまり耳鳴りは本人にしか聞こえない不可解な音にもかかわらず、睡眠障害や不安・抑うつなど精神面への悪影響を及ぼし、生活の質(QOL)を著しく低下させる可能性があるのです。
しかしながら現代医学において耳鳴りを根本的に治す特効薬はなく、原因も多岐にわたるため治療法の確立が難しいのが現状です。そのため、専門医の診療を受けても十分な改善が得られず長年止まらない耳鳴りに苦しむ患者さんも少なくありません。また、現在では患者自身がインターネットなどで積極的に情報収集を行い、自分の症状について医師以上に詳しい知識を持つ場合すらあります。こうした背景から、耳鳴りに効果があるとされるビタミン剤や漢方薬など各種の市販薬を自ら試みるケースも増えているのです。
そこで本記事ではまず耳鳴りの原因やメカニズムを整理し、その上で市販薬を用いた対処法について種類別に詳しく解説します。具体的にはビタミン剤、内耳の血流や代謝を改善する薬剤、漢方薬・生薬製剤などの各カテゴリーごとに、それぞれの作用機序と有効性、さらに安全に使用するためのポイントを最新の医学知見に基づいて考察します。正しい知識を身につければ、無駄な出費や誤った対処を避けて、より効果的な耳鳴り対策を選択できるようになるでしょう。
耳鳴りの原因とメカニズム
耳鳴りは様々な原因で生じますが、大きく分けて主観的耳鳴りと客観的耳鳴りの2種類に分類されます。前者は本人にしか聞こえないもので症例の大半を占め、一方後者は血流の音や筋肉の収縮音など本人以外にも検知可能な稀なタイプです。つまり耳鳴りは、その性質によって異なるメカニズムが関与しており、正しく理解するためには種類ごとの特徴を押さえる必要があります。
耳鳴りを引き起こす主な要因としては、加齢や騒音曝露による聴力の低下、メニエール病など内耳疾患、突発性難聴や中耳炎といった耳の病気が挙げられます。また、高血圧や甲状腺異常、顎関節や首の筋肉の問題が音を発するケース、さらにはストレスや睡眠不足など身体のコンディション悪化が症状悪化の誘因となることも知られています。つまり耳鳴りは耳自体の障害だけでなく全身的な健康状態や精神的要因とも深く関わって発生・増悪する複合的な現象なのです。
耳鳴りの根底にあるメカニズムとしては、耳や聴神経の損傷に伴う異常信号と、それに対する脳の過剰な反応が挙げられます。例えば内耳の有毛細胞が損傷すると、脳は足りなくなった音の情報を補おうとして聴覚神経系の感度を上げるため、その結果無音環境でもニューロンが同期過活動を起こして音が鳴っているかのように感じてしまうのです。また、一度生じた耳鳴りに強い不安や苦痛を感じると、脳の情動系が過剰に緊張し自律神経のバランスが乱れることで耳鳴りが一層悪化する悪循環に陥ると考えられています。
■1. 耳鳴りの種類:主観的耳鳴りと客観的耳鳴り
耳鳴りの大部分は主観的耳鳴りと呼ばれるタイプで、これは外部に音源がないにもかかわらず本人にだけ音が聞こえる現象です。例えば「キーン」という高音や「ジー」という虫の鳴き声のような音など、その音質や大きさは人によって様々ですが、周囲の人には全く聞こえないのが特徴です。
一方、客観的耳鳴りは患者本人以外にも確認できる珍しいタイプの耳鳴りです。例えば耳周囲の血管の拍動に同期して「ドクンドクン」という脈打つ音が聞こえる場合や、中耳の筋肉がけいれんを起こして「カチカチ」という音がする場合がこれに該当します。客観的耳鳴りは発生源が身体の構造的問題にあるため、根本的な治療としては耳鼻科や関連診療科でその原因となる疾患の治療を行う必要があります。
[1] 主観的耳鳴り
- 発生源:外部音源がなく、本人の聴覚系の異常信号によって生じる耳鳴り。
- 頻度:耳鳴り全体の大多数を占め、典型的には内耳の障害や聴神経の過敏で起こる。
- 特徴:高音の「キーン」やセミの鳴き声様の音など多彩だが、周囲には聞こえない。
主観的耳鳴りは極めて一般的であり、多くの場合その背景には何らかの難聴や耳の病変が存在します。原因疾患の治療やカウンセリング・音響療法などで症状の軽減を図っていくことが基本となります。
[2] 客観的耳鳴り
- 発生源:体内の血流や筋収縮など物理的要因から発せられる実音に起因する耳鳴り。
- 頻度:耳鳴り全体のごく一部(1%未満)と稀で、血管奇形や筋肉の攣縮など特定の病態で起こる。
- 特徴:脈拍に同期した低音の拍動音や断続的なクリック音として表れ、他者や医療機器でも確認可能な場合がある。
客観的耳鳴りは原因となる身体の異常を治療すれば改善が期待できます。まずは専門的な検査によって発生源を正確に突き止め、必要に応じて血管や筋肉の治療を行うことが重要です。根本原因の除去により症状が収まれば、客観的耳鳴り自体は比較的解消しやすいといえます。
■2. 耳鳴りの主な原因と誘因
耳鳴りの直接的な原因として最も多いのは、内耳や聴覚器の障害による難聴です。例えば加齢による老人性難聴やロックコンサート・工事現場など大音量曝露による騒音性難聴では、高音域の聴力低下とともに耳鳴りが生じやすくなります。またメニエール病のように内耳のリンパ液圧が変動する疾患、慢性的な中耳炎や耳硬化症のように音の伝導に支障をきたす病気、さらには突発性難聴に付随する急激な聴覚障害でも耳鳴りが高頻度で併発します。
一方、耳そのもの以外の要因も耳鳴りに影響を与えます。高血圧や動脈硬化に伴う内耳の血流低下、顎関節症や首の筋緊張による音響的な変化、アスピリンや特定の抗生物質など薬剤の副作用による一過性の耳鳴りも知られています。さらに、ビタミンB12や亜鉛の欠乏が耳鳴りに関与する可能性が検討されていますが、一般的な耳鳴り患者においてこれら栄養素の補充による有効性は明確に示されていません。むしろストレスや疲労、不眠といった生活習慣要因が耳鳴りの感じ方を悪化させる大きな誘因となるため、こうした全身状態の管理も重要です。
[1] 聴覚系の疾患・障害:
- 加齢性難聴:老化に伴う有毛細胞の機能低下により高音域から聴力が低下し、しばしば耳鳴りを伴う。
- 騒音性難聴:爆音や長期の騒音曝露で内耳の有毛細胞が損傷し、持続的な耳鳴りや聴力低下を招く。
- 内耳疾患:メニエール病(内リンパ水腫)や突発性難聴など、内耳の障害で発症する耳鳴り。
- 中耳の病変:慢性中耳炎や耳硬化症など音伝導の障害でも耳鳴りが現れることがある。
このように耳鳴りの多くは聴覚器官そのものの障害に起因しており、その治療には原因となる難聴や耳疾患への対処が基本となります。聴力検査やMRIなどで原因を精査し、必要に応じて内耳治療や補聴器の検討を行うことが症状軽減につながるでしょう。
[2] その他の全身的要因:
- 血行不良:動脈硬化や頸椎症による内耳の血液供給不足が神経機能を低下させ耳鳴りを誘発。
- 薬剤性:サリチル酸系鎮痛薬(アスピリン)やアミノグリコシド系抗生剤などの副作用で一時的な耳鳴りが生じる。
- 栄養欠乏:ビタミンB12や亜鉛の不足が神経伝達を乱し耳鳴りを引き起こす可能性(一般には稀)。
- 筋・関節の緊張:顎関節や頸部筋肉の過度な緊張や炎症が、耳周辺で実音のような雑音を感じさせる。
- 心理的ストレス:過剰なストレスや睡眠不足により脳の感受性が増し、耳鳴りを強く意識してしまう。
全身的要因による耳鳴りの場合は、それぞれの原因(循環障害、薬剤副作用、栄養状態、筋緊張、ストレスなど)に応じた対策が有効となりえます。原因の切り分けには専門医の診察と検査が不可欠であり、必要に応じて内科的治療や生活習慣の改善を行うことで症状の緩和が期待できます。
■3. 耳鳴り発生のメカニズム
耳鳴りが発生する生理学的な仕組みとして、まず耳や聴覚神経に生じた異常な信号が挙げられます。内耳の有毛細胞や聴神経が損傷すると、本来は存在しない無秩序な電気信号が脳に送り出され、それが雑音として知覚されるのです。こうした末梢起源の異常信号が耳鳴りの出発点になります。
さらに、脳内での情報処理過程にも耳鳴り発生の重要なメカニズムがあります。聴覚中枢(脳幹や大脳皮質)は入力信号が減少した際に感度を上げようと適応変化を起こしますが、その過程で神経ネットワークの興奮バランスが崩れ、不要な信号を自発的に生み出してしまうことがあります。つまり、本来聞こえていないはずの音を脳が「聞こえている」と誤認識してしまうのです。
また、耳鳴りの感じ方には心理的な要因も深く関わっています。耳鳴りによる不快感やストレスが強いと、脳の大脳辺縁系(情動を司る領域)が活性化し、音に対する注意や恐怖が増幅されるため、実際の耳鳴りの音がさらに大きく鮮明に知覚されてしまいます。この悪循環によって耳鳴りはますます気になり、慢性化・重症化しやすくなると考えられます。
[1] 末梢(耳)で生じる異常信号:
- 内耳の障害:有毛細胞の損傷や蝸牛神経の炎症によって、本来ないはずの電気信号が発生する。
- 感覚脱失:聴覚入力の欠如を補おうとして神経の自発発火が増大し、ノイズとして認識される。
- 例:突発性難聴の後遺症として残る耳鳴りは、損傷部位からの異常信号が続くことが一因とされる。
このような末梢起因の耳鳴りでは、内耳や聴神経の障害そのものへの治療が症状軽減の鍵となります。ステロイド治療や血流改善による内耳機能の回復、あるいは障害が不可逆の場合には補聴器による聴覚補助が有効です。
[2] 中枢神経系の過活動:
- 聴覚中枢の可塑性:難聴で入力が減った周波数帯域のニューロン感度が過剰に高まり、無意味な信号を生成する。
- 神経ネットワークの同期:脳内の複数の神経集団が同期して異常発火し、連続した音として知覚される。
- 関与部位:脳幹の蝸牛神経核や大脳皮質で起こる過活動が耳鳴りの発生に関連する。
中枢由来の耳鳴りは、脳内の神経過活動そのものに起因するため、音響刺激による再訓練療法(TRT)や抗てんかん薬・鎮静薬などの薬剤療法によって聴覚中枢の過敏性を和らげる治療戦略が考えられます。脳の過剰な適応を正常化することで、耳鳴りの音を脳に「慣れ」させていくことが可能です。
[3] 心理・自律神経の影響:
- 情動反応:耳鳴りに対する「つらい」「恐い」といった負の感情が強いと、扁桃体など情動中枢が過剰に反応する。
- 自律神経の乱れ:ストレスで交感神経が優位になると内耳の血流低下や聴覚過敏が生じ、耳鳴りを悪化させる。
- 注意の集中:耳鳴りに意識を向けすぎると脳がその音を際立たせて知覚し、さらなる不安とストレスを招く。
心理的ストレスや自律神経の乱れが関与する耳鳴りでは、不安の軽減やリラクゼーション法の活用、睡眠環境の改善などが症状緩和に有効です。また必要に応じて抗不安薬の使用やカウンセリング(認知行動療法など)を併用し、悪循環を断つことも検討されます。
耳鳴りに対する市販内服薬の種類と作用機序
耳鳴りの症状緩和を目的として利用される市販内服薬には、主にビタミン剤、循環改善薬、漢方薬などが挙げられます。それぞれ異なる作用メカニズムを持ち、適応となる耳鳴りのタイプや原因も異なります。つまり薬剤の選択は、個々の症状や背景因子に基づいて慎重に行う必要があります。
多くの患者が市販薬を利用する理由の一つは、医療機関での治療で十分な改善が得られない場合や、医師に相談しづらい場合があるためです。しかしながら、科学的根拠に基づく有効性や安全性の面では薬剤ごとに大きな差があり、安易な自己判断は副作用や治療の遅れを招くリスクも存在します。
本節では、耳鳴りに用いられる代表的な市販内服薬をビタミン剤、循環改善薬、漢方薬の3つに分類し、それぞれの作用機序、臨床的な有効性、推奨される使用法や注意点を整理します。医学論文や公的なガイドラインに基づいた最新知見を紹介し、より根拠のある選択の一助となる情報提供を目指します。
■1. ビタミン剤(ビタミンB12・ビタミンEなど)
ビタミンB12やビタミンEは、耳鳴りの症状改善を目的とした市販薬としてよく用いられます。ビタミンB12は神経の修復や再生に関わり、ビタミンEは血流改善作用や抗酸化作用を持つため、内耳や聴神経の障害による耳鳴りに対して補助的な効果が期待されます。
実際に、ビタミンB12製剤を投与することで一部の患者に症状改善が認められたとの報告がありますが、その効果は限定的であり、明確なエビデンスを示す大規模臨床試験は少ないのが現状です【文献1】。また、ビタミンEも同様に抗酸化作用を介して耳鳴りの軽減を目指す薬剤ですが、全ての患者に効果があるわけではありません。
[1] ビタミンB12:
- 作用機序:神経細胞の代謝促進・修復作用を有し、末梢神経障害の改善を図る。
- 適応例:突発性難聴や内耳障害後の神経機能低下に伴う耳鳴りなどで用いられる。
- 注意点:欠乏が認められない場合、補充しても効果は限定的である。
ビタミンB12は特定の病態に対しては有用ですが、耳鳴り患者全体へのルーチン使用は推奨されていません。過剰摂取による重大な副作用は稀ですが、期待される効果が得られない場合は他の治療法も併せて検討する必要があります。
[2] ビタミンE:
- 作用機序:脂溶性抗酸化ビタミンであり、内耳の血流改善や酸化ストレス低減を目指す。
- 適応例:内耳循環不全や血管障害が疑われる場合の補助療法。
- 注意点:過剰摂取は出血傾向や消化器症状を引き起こすことがあるため、用量に注意が必要。
ビタミンEの補充は循環改善作用を期待して用いられることがありますが、実際の効果は個人差が大きく、長期大量摂取は避けるべきです。市販薬として利用する際も、表示された用法・用量を厳守することが望まれます。
■2. 循環改善薬(末梢血流改善成分を含むもの)
内耳の血流低下が耳鳴りの原因となる場合、末梢循環改善薬が使用されることがあります。市販薬ではメチルエフェドリンやトコフェロール(ビタミンEの一種)など、血管拡張作用や血流改善効果を有する成分が配合されています。しかし、これらの薬剤による耳鳴りへの直接的な有効性を示す十分な科学的証拠は限られています。
一部の研究では、末梢循環改善薬の投与で耳鳴りの軽減傾向が報告されているものの、プラセボ効果や個人差の影響が大きいため、万人に有効とする結論は得られていません【文献2】。また、血管作動性成分には副作用リスクも存在するため、長期間・高用量での自己判断使用は推奨できません。
[1] 末梢血流改善薬:
- 作用機序:末梢血管拡張や微小循環の促進により内耳への血液供給を改善する。
- 適応例:高血圧や動脈硬化による内耳虚血が背景にあると考えられる耳鳴り。
- 注意点:血圧変動や動悸、発汗などの副作用に注意が必要であり、基礎疾患のある人は医師に相談すべき。
循環改善薬は内耳の血流障害が明らかな場合に限定的な効果が見込まれるものの、多くの耳鳴り患者に対して効果があるわけではありません。特に高齢者や循環器疾患を持つ方は、自己判断での長期使用を避け、必要に応じて専門医の診断を受けるべきです。
[2] 血管拡張成分(例:トコフェロールなど):
- 作用機序:血管の拡張・血液粘度低下作用を利用して微小循環を改善。
- 適応例:末梢循環不全による耳鳴りの補助的治療。
- 注意点:過量摂取や長期連用による全身症状(頭痛・めまい等)に注意。
トコフェロールなどの成分は、血流障害に伴う症状改善を目指して配合されることが多いですが、耳鳴りへの直接的効果は限定的です。副作用のリスクにも留意し、ラベルや添付文書をよく確認して使用することが重要です。
■3. 漢方薬・生薬製剤
日本では耳鳴りに対して漢方薬や生薬製剤が広く用いられています。代表的なものに「苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)」「釣藤散(ちょうとうさん)」「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」などがあり、これらは個々の体質や症状に応じて処方されます。漢方薬は全身のバランスを整えることを重視し、耳鳴りそのものというよりは随伴するめまいや不安・不眠症状などにも効果が期待されます。
実際に漢方薬による耳鳴りの改善例が複数報告されているものの、西洋医学的な臨床試験による厳密な有効性の裏付けは限られており、プラセボ効果の影響も考慮する必要があります【文献3】。また、体質や既往歴によっては副作用や相互作用が起こることもあり、自己判断で長期間服用する際には十分な注意が必要です。
[1] 苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう):
- 作用機序:体内の水分代謝調整と血流改善、精神安定作用を併せ持つ。
- 適応例:めまいや不安感を伴う耳鳴り、特に体力中等度以下の人に。
- 注意点:むくみや低カリウム血症を起こすことがあるため、体質や合併症を考慮する。
苓桂朮甘湯は体内の余分な水分や神経過敏の調整を目的とし、めまいやふらつきを伴う耳鳴りに処方されます。安全性は比較的高いものの、長期使用時の電解質異常などに注意が必要です。
[2] 釣藤散(ちょうとうさん):
- 作用機序:脳血流の改善や鎮静作用を持ち、頭痛や高血圧傾向の人に適応される。
- 適応例:頭痛や肩こりを伴う耳鳴り、血圧高めの中高年に用いられる。
- 注意点:体質や他の治療薬との相互作用に注意し、症状が長引く場合は医療機関受診を推奨。
釣藤散は、特に頭痛や高血圧傾向を伴う場合に適応される漢方薬で、鎮静作用による精神的ストレス緩和効果も期待されます。ただし、自己判断での多剤併用や長期使用は避けるべきです。
■4. その他の市販内服薬とサプリメント
耳鳴り対策として市販されている薬剤やサプリメントには、ビタミン・漢方薬以外にも多様な成分が含まれています。例えば、イチョウ葉エキス(ギンコビロバ)や亜鉛、メラトニン、コエンザイムQ10などが挙げられます。これらは各種の薬理作用を期待して利用されますが、医学的エビデンスや推奨度には成分ごとに大きな違いが存在します。
中でもイチョウ葉エキスは、ヨーロッパを中心に耳鳴りや認知機能改善目的で広く使われてきた歴史があります。しかし近年の大規模臨床試験では、耳鳴り症状に対する有効性はプラセボと同等との結果が示されており、エビデンスレベルは決して高くありません【文献4】。また、亜鉛やコエンザイムQ10、メラトニンなどのサプリメントについても、一般的な耳鳴り患者に対して明確な有効性があるとは結論付けられていません。
こうしたサプリメント類は、効果に個人差が大きく、健康食品であるがゆえに品質や安全性の管理も十分とは限りません。したがって、サプリメントのみで症状の大幅な改善を期待するのは適切ではなく、必要性やリスクをよく理解したうえで補助的に活用する姿勢が重要です。
[1] イチョウ葉エキス(ギンコビロバ):
- 作用機序:末梢血流改善や抗酸化作用、神経保護効果が示唆される。
- 適応例:記憶力低下や末梢循環不全を伴う場合に補助的に使用。
- 注意点:出血リスク増大や消化器症状などの副作用、抗凝固薬との相互作用に注意。
イチョウ葉エキスは長年耳鳴り対策として用いられてきましたが、近年の臨床研究では有効性が限定的であり、出血傾向などの副作用リスクにも注意が必要です。安易な自己判断での多量摂取や他薬剤との併用は避けるべきです。
[2] 亜鉛・コエンザイムQ10・メラトニンなど:
- 作用機序:神経伝達や細胞エネルギー代謝、抗酸化・睡眠改善など多様な作用が報告されている。
- 適応例:特定の欠乏症や睡眠障害を伴う耳鳴りの補助的対策として用いられることがある。
- 注意点:過剰摂取やサプリメント間の相互作用に注意が必要であり、明確な医学的エビデンスは乏しい。
亜鉛やコエンザイムQ10、メラトニンなどは、いずれも一部の患者で有益性が示唆されていますが、十分なエビデンスには乏しく、症状の本質的な改善を目指すのであれば補助的な位置づけと考えるべきです。健康食品の品質管理や用法にも十分注意しましょう。
■5. 市販薬・サプリメントの安全性と注意点
耳鳴り対策に使われる市販薬・サプリメントの多くは比較的安全とされていますが、用法・用量を守らない場合や、持病・薬剤との相互作用、個人の体質によっては思わぬ副作用が生じるリスクがあります。特に血流改善成分や漢方薬は、既存疾患や併用薬によって副作用リスクが高まる場合があるため注意が必要です。
また、健康食品やサプリメントには医薬品ほど厳密な品質管理・副作用報告義務が課されていないため、製品ごとに成分含有量や安全性に差が出ることもあります。副作用が疑われる場合や、症状が改善しない・悪化する場合は、速やかに専門医に相談することが推奨されます。
さらに、高齢者や妊婦・授乳婦、重篤な基礎疾患(腎臓病・肝臓病・心疾患など)を有する方は、市販薬やサプリメントの自己判断使用を避け、医療機関での診断や指導を優先すべきです。安全かつ有効な耳鳴り対策を実現するためにも、安易な長期連用や多剤併用は避けましょう。
[1] 主な副作用・注意事項:
- アレルギー反応:漢方薬や生薬に対する過敏症・皮疹など。
- 消化器症状:下痢、胃痛、悪心など(ビタミン剤やサプリメント、漢方薬などに共通)。
- 出血傾向:イチョウ葉エキスやビタミンEの過剰摂取で出血リスク増大。
- 薬剤相互作用:抗凝固薬・降圧薬などとの併用で副作用リスクが増す。
- 電解質異常:漢方薬の長期服用で低カリウム血症などを起こすことがある。
市販薬やサプリメントは、比較的安全性が高いものも多いですが、体質や基礎疾患の有無によって副作用の出現率は変動します。自己判断に頼らず、体調変化があれば必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
耳鳴り市販薬の選択と実際の臨床エビデンス
ここまで耳鳴りに対する市販内服薬・サプリメントの種類や作用機序、安全性について整理しました。しかしながら、実際に“耳鳴りそのもの”を劇的に改善する市販薬は存在せず、多くの製品は補助的・対症療法的な位置づけに留まるのが現実です。医学的エビデンスの水準も、個々の薬剤・成分によって大きく異なります。つまり薬剤ごとの根拠や限界を理解した上で、適切な選択と利用が不可欠です。
科学的根拠のある臨床試験やガイドラインでは、内服薬による耳鳴りへの明確な推奨はごく一部に限られています。例えばビタミンB12や漢方薬においても「一部症例での補助的効果」が報告されるにとどまり、万人に有効と断言できるものではありません【文献1】【文献3】。また、イチョウ葉エキスや亜鉛、メラトニン等も近年の大規模研究で明確な有効性を否定する結果が出ています【文献4】【文献5】。
加えて、プラセボ効果(偽薬効果)も耳鳴り分野では強く影響しやすく、「薬を飲んでいる」という心理的安心感自体が症状改善に寄与するケースも多々見られます。したがって、個々の市販薬やサプリメントに過度な期待を抱くのではなく、症状・原因・体質・既往歴を総合的に見極め、必要に応じて専門医の診断と並行して活用することが肝要です。
■1. 実際の臨床試験データと限界
市販薬やサプリメントを用いた耳鳴り治療に関する主要な臨床試験では、ほとんどの成分で「有意な効果なし」「プラセボと同等」とする結論が多いのが実情です。特にイチョウ葉エキスや亜鉛、メラトニンのランダム化比較試験では、症状改善率はプラセボ群と統計的有意差が認められませんでした【文献4】【文献5】。ビタミンB12についても、欠乏が明らかな場合を除けば一般患者への有効性は限定的です。
一方で、漢方薬や生薬製剤については、個別化処方による小規模な臨床報告で一定の効果が記載されていますが、エビデンスレベルとしては「症例報告」「観察研究」に留まります。大規模無作為化試験や国際的な診療ガイドラインによる明確な推奨はありません【文献3】。
したがって、「自分に合う市販薬が見つかれば有効」という側面はあり得るものの、あくまで限定的・補助的対策としての位置づけを理解して利用することが望まれます。
[1] エビデンスレベルと現実的な使い方:
- 大規模RCT(無作為化比較試験):ビタミンB12・イチョウ葉エキス・亜鉛などは有意差認めず。
- 小規模症例報告:漢方薬・一部ビタミン剤などで補助的効果が報告されている。
- ガイドライン推奨:明確な市販薬の第一選択は現状存在しない。
- プラセボ効果:患者の心理的側面による症状改善も多く、薬剤の効果判定を難しくしている。
エビデンスレベルが低い成分に対しては過度な期待を避けつつ、体調や症状に合わせて補助的な利用を検討しましょう。また、科学的根拠が弱い薬剤でも「症状が緩和された」と感じる場合には、自己判断で中断するのではなく、必ず医師や薬剤師に相談してください。
[2] 市販薬・サプリメントの実用的な利用法:
- 医療機関の治療と併用する場合、必ず医師・薬剤師に相談し相互作用や副作用リスクを確認する。
- 耳鳴りの原因疾患(難聴、内耳障害、全身疾患など)が疑われる場合は早期に専門医を受診する。
- 市販薬やサプリメントはあくまで補助的手段とし、長期間の自己判断での多用を避ける。
- 体質や既往歴、持病、併用薬の有無を必ず確認し、必要に応じて摂取を中止する。
最も重要なのは「根本原因の見極め」と「安全性の確保」です。市販薬やサプリメントに過度な依存をせず、症状や体調の変化には常に注意を払いましょう。正しい医学的知識に基づき、リスクとベネフィットを天秤にかけて賢く利用することが、耳鳴りのQOL改善に繋がります。
まとめ
耳鳴りは加齢や難聴、ストレス、内耳疾患、薬剤性など多様な要因によって発生し、その発症メカニズムには末梢の聴覚器障害から中枢神経系の過活動、さらに心理的ストレスや自律神経の乱れまで複雑な要素が絡み合っています。耳鳴り患者の多くは症状の慢性化に悩み、専門医の治療のみならず、市販薬やサプリメントを利用した自己対処も広く行われています。
しかし現時点で「耳鳴り自体を根本的に治癒する市販内服薬」は存在せず、ビタミンB12やビタミンE、末梢循環改善成分、漢方薬、イチョウ葉エキス、各種サプリメントなどは、いずれも補助的かつ対症的な選択肢にとどまっています。とりわけ漢方薬や生薬製剤は症例ごとに処方が調整され、一定の効果を示すこともありますが、いずれも大規模臨床試験による明確なエビデンスは乏しいのが現状です。
サプリメントについても、イチョウ葉や亜鉛、メラトニンなどの補助的利用に一定の合理性はあるものの、健康食品であるがゆえの品質バラツキや副作用、薬物相互作用リスクを無視することはできません。最も重要なのは耳鳴りの背景疾患や危険な原因を見逃さず、まずは専門医での正確な診断と根本治療を優先することです。そのうえで、症状や生活状況に合わせて市販薬・サプリメントを「補助的かつ限定的」に活用し、長期多剤併用や安易な自己判断を避ける慎重な姿勢が求められます。
市販薬やサプリメントの利用時には、必ず用法・用量を守り、持病や併用薬の有無、体質、体調変化に十分注意しながら、必要時には医師・薬剤師に相談してください。耳鳴り対策においては、科学的根拠と安全性を最優先に、最新の医学知見を活用しつつ自らの健康管理を主体的に行うことが、QOL(生活の質)向上への最も確実な道といえるでしょう。
専門用語一覧
- 主観的耳鳴り:本人だけが感じるタイプの耳鳴り。聴覚系の異常信号や脳の過活動が主な要因となる。
- 客観的耳鳴り:血流音や筋肉の収縮音など、他人にも確認できる稀な耳鳴り。身体の物理的異常が原因となる。
- プラセボ効果:偽薬によって症状が改善する現象。耳鳴り治療分野では特に影響が大きい。
- エビデンスレベル:科学的根拠の信頼性を示す指標。大規模RCTやメタアナリシスの証拠が最も強いとされる。
参考文献一覧
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執筆者
■博士(工学)中濵数理
- 由風BIOメディカル株式会社 代表取締役社長
- 沖縄再生医療センター:センター長
- 一般社団法人日本スキンケア協会:顧問
- 日本再生医療学会:正会員
- 特定非営利活動法人日本免疫学会:正会員
- 日本バイオマテリアル学会:正会員
- 公益社団法人高分子学会:正会員
- X認証アカウント:@kazu197508





